Thinking In The Past.

私のパフォーマンス理論 vol.33 -食事について-

2019.08.20

アスリートの回復方法は、大きく分けると睡眠と食事しかない。今回は食について。

食はすぐ効果が出ないので軽視されがちだが、長期で見ると重要度が高い。特に人間は1日に三度、アスリートであればもっと多くの数、何を食べるかを選択している。アスリートにとっての食のセンスとはつまり選択のセンスである。栄養士を雇えるほど裕福な選手になるという前提でなければ、選手は自分で選べるようにならなければならない。

イタリアンに行くか、ラーメン屋に行くかも自分で選ぶことができる。その中でも魚を食べるか肉を食べるかも、先に何を食べるかも選択できる。またいつ食べるかも選ぶことができる。この選択は小さな違いに見えるが、毎日積み上がっていくと無視できない大きさになっていく。一番影響が大きいのは回復に関するところで、トップアスリートになると練習の質を高めるには疲労からいかに回復するかしかなくなるので、食事の重要度はどんどん高くなる。バランスよく食べていない選手は長続きしない。

陸上はすべての国の選手が、同じ選手村に入り同じ食堂でご飯を食べるので、何を選んでいつ食べているのかというのを観察しやすい。私の知っている限り、日本人の栄養に関する知識は高い。もちろん栄養に気を使っている選手もいることにはいたが、全体として食に関するリテラシーは日本人が高い。一般的には回復の精度が本当に勝敗を分ける、長距離の方が栄養にはセンシティブで、短距離、跳躍、投擲あたりは比較的緩めだった。金メダリストがレースの直前にフライドポテトと揚げたチキンを食べているのをみて驚いたこともある。それはあまり栄養は関係ないじゃないかという見方もできるが、長期ではやはり影響が大きくなってくると私は考えている。

私はこの領域での知識がずいぶん荒いので、あまり正しいアドバイスをできない。正しい知識は栄養学に関する専門的な本に譲るとして、自分でできる範囲のコントロール方法を書いてみたい。

私がサプリメントを取り始めたのは26才以降だった。トップ選手としてはおそらく遅めだった。なんとなく年齢の早い段階でサプリメントを摂取して食の選定が適当になっている選手を見ることがあって、身体的に無理を感じるところまでは食事だけでいこうと決めた。また、栄養の摂取には食物の栄養素と、身体の吸収能力の二つで、食事の質が決まると考えていた。栄養が凝縮されているサプリメントを取りすぎるとこの後者の吸収能力が衰えるのではないかと考えていたこともある。これらには科学的根拠がなかったので、あれが良いことだったのかどうかは今でもわかっていない。

私が気をつけていたのはタイミングだった。とにかく練習が終わってすぐ食べる。内容はそれほど気にしていなかった。グラウンドにはいつも何か食べ物を持って行っていて、軽食であれば練習の最中に突っ込んでいた。もう一つは、バランスのために先に上限を決めてしまうことだった。私は特に栄養士を雇うお金もなければ、コーチやチームがあったわけではないので自分でコントロールしていた。具体的には家に先に食材を買ってあって、その食材自体でバランスを取っていた。家にある食材をどうにかして食べてしまえば、一回一回の食事ではバランスが取れなくても、全体としてはバランスが取れるようになる。全部突っ込んでしまってそれなりに食べられる味にしてしまうには筑前煮のような方法が便利だった。

食事は単純に栄養のためではなく人とのコミュニケーションなどの側面もある。毎回自分の都合で全てを選ぶわけにもいかないし、仮にできても精神的に疲れる。よく栄養にセンシティブになると、一回一回の食事でバランスを取ろうとして逆に選び疲れをすることがある。私は一週間でバランスを取るという考え方でいた。つまり1日炭水化物だらけになってしまった場合、翌日に炭水化物を減らしてそれ以外の栄養で埋める。あまりベストの方法ではないかもしれないが、このやり方が一番うまくいった。

試合前には3日前から8割ぐらいに量を減らしていた。炭水化物ローディングは少しやったこともあるが、1分以内の運動だからなのか、あまり変化を感じられなかった。試合の前は4時間前までに食事を終え、お腹が少し空いていれば1時間以内にゼリー状のものやバナナを食べていた。

難しいのは五輪や世界陸上で、ここでは最大で予選準決勝決勝と三回試合が続く。特に準決勝から決勝の間の48時間をどう乗り越えるかが難しかった。一番短い時間で回復を迫られる局面だった。試合が終わってすぐバナナとオレンジジュースを飲み、選手村に戻ってから試合後に食事をする。私の感覚では試合が終わった直後にはお腹いっぱい食べて、翌日は9割程度、当日は7,8割というのがやりやすかった。