Thinking In The Past.

私のパフォーマンス理論 vol.23 -最高速度について-

2019.06.10

陸上競技の足の速さと球技における足の速さで決定的に違うのは最高速度の概念だろう。陸上の100mでは後ろの地点で最高速度が出現するほど望ましくだいたい60m地点で出現するといわれる。一方、球技ではおそらく最高速度出現地点は30,40m程度で、最初の1,2歩がどれだけ速いかが重要と言われる。100m特有のテクニックはなるべく長く加速し最高速度を高めることにある。私の100mのベストタイムは10″49なので、本当の頂点の世界をどの程度理解しているか疑わしいが努力してみたいと思う。

最高速度を決定している要因は何か。見方を変えて、最高速度は何によって制限されているかと考えてみたい。簡単に言えば、地面に接地している時間単位で出せる力の大きさによって決定されている。自転車で坂道を降っていて、ペダルから足を離し地面を踏んでみる。最初のうちは地面を踏める感触があるが次第に地面を踏めるどころか地面に弾かれるようになってくる。弾かれるようになったタイミングは自分の足が地面を踏む時間よりも、自転車に乗っている自分の移動速度が速くなったことを意味する。加速し次第に接地できる時間が短くなるからだ。わかりやすく言えばこの境目が自分の最高速度の境目になる。

トップ選手の最高速度は時速40km以上になる。このような高速で地面を踏む時には、能動的に力を使っていては間に合わない。つまり足を早く動かすやり方では追いつかないということだ。では、どうしているかというと、筋肉を緊張させて各関節を一定の角度に固定し足を一つの硬いバネのような状態にして、自分の体が足の上に乗ってくるのを待っている。そして足の上に自分の体重が乗ると(だいたい体重の5倍の力がかかるといわれる)そこに張力が生まれる。張力が生まれればその後に跳ね返ってくるので、その力で自分の体を前方に運ぶ。私の競技人生で良い状態の時には、ドクター中松のジャンピングシューズのようだと感じていた。今現在xiborg社の義足の開発を手伝っているが、義足がたわんで跳ね返る原理は競技時代の感触と近いと感じている。

この踏んで跳ね返る力は身体を全身に運ぶだけではなく、その踏んだ足そのものを前方に運ぶためにも使われる。地面を踏むためには然るべきところに足がなければならないが、それは足を前方にちゃんと運べるからできることで、これができなくなると運動会のお父さんのように転んでしまう。具体的には接地局面の後半で膝を折ってひざかっくんのように足を前方に抜き出す。これが一番重要な速度決定要因だという人もいる。腸腰筋が重要だと言われるのもこの前方へのリカバリーに一定貢献するからだと言われている。

速度が上がり続けている状況では、走りの中で「待ち」の状態を作れていた。地面につく一瞬前で足を緊張させその上に自分がどんと乗っかって跳ね返る。これを繰り返せている間は速度を上げられていた。ところが、一定の速度が出るとこれが間に合わなくなり、うまく待てなくなる。私の最高速度はそこで止まっていた。感覚ではあるが、自分の足の張力がやや緩めだったことが影響しているのではないかと思う。接地が長くなり先の例で出したように足を前方に運ぶことができなくなり速度が止まっていたと感じているので、私の最高速度の決定要因は接地時間と足を前方に運ぶタイミングの限界で決まっていたように思う。同世代に末續という天才スプリンターがいたが、かれの弾み方はゴルフボールをコンクリートで弾ませたような感覚だったのに対し、私の弾み方はバランスボールを弾ませている感じだった。色々努力してみたがこの跳ね返り方は競技人生の間では変わらなかった。私はこのバネの性質は先天性に近く途中で変えられないものだと考えている。

私の友人でxiborg社の代表の遠藤という男が、ジャークという概念を教えてくれた。私の理解では要は緩んだ状態から緊張状態へ移行する際の早さのことらしい(間違えていたら指摘してください)。この移行の早さと、緊張状態での緊張の強さ度合いがもしかするとバネといわれるものの正体かもしれない。また、アキレス腱に繊維の方向があり、この角度によって張力が変化するという研究もあり、これも大きく影響している可能性がある。

結果として私は最高速度があまり出なかったが、一方でストライドを適時コントロールしなければならない400Hにおいてはこの緩めの張力が有利に働いたと考えている。緩かったので力の入れ加減で次の一歩をどの程度弾むからをコントロールできたからだ。将来は、最高速度は腱や筋肉の性質である程度割り出せるようになるのかもしれない。

地面に加える力が移動速度を決めているとすると、その加える力を高めるために腕の振りは大きな役割を果たす。上半身のねじれを抑えるために腕は大きく貢献しているが、さらに地面に圧を加える際にも腕の振りは貢献している。アナログの体重計の上で腕を振ってみると、針が触れるのがわかる。腕を下に下ろした時に足の裏を通じて地面に圧が加えられているからあ。この力を利用しスプリンターは地面に力を加え、反力をもらっている。

最高速度を出している時には、周りで見ているよりも激しく動いていない。むしろ中心は静的で手足のみが動的だ。手足も出来るだけ中心に近いところで動かしている。記憶に残っているのは確かカナダのコーチがスリンというカナダ選手が銀メダルをとった時に、しきりにゴール前20mで手が体から離れたことを悔やんでいた。中心から遠いものを動かすには力がいるし、遅くもなる。ではどうすれば手足が中心の近くで捌けるかというと、テクニックと、そして身体の中心部(ユニフォームで隠れる部分)の強さによって決まる。実際に地面を踏む出力を出すのはハムストリングや臀部になるが、そこが強く力を発揮するには相応のポジションを取らなければならない。スポーツでは主要な筋肉がいくら強くても、その筋肉が力を発揮できるようなポジションが取れなければ機能しないことがよくある。その場合むしろ補助的に見える筋肉が決定要因になっている。大砲をいくら強くしても、照準を合わせ打った時にずれないようにストップする土台がなければ意味がないのと似ている。

スプリンターのここ30年の変化を見ると、股関節伸展が小さくなっていること、下半身より上半身が肥大化していることがあげられる。つまり昔は股関節を大きく開き使って蹴って走っていたものが、次第に股関節をあまり開かず地面につくタイミングに合わせるようになり、代わりに上半身を大きく強く使って地面への圧を高めているという傾向にあるように見える。つまり自分の体の下に足が来るタイミングでタイミングを合わせて上半身で押し込みそのあとすぐ足は前方へ運び後ろで流れないようにしている。

最後にまとめてみたい。最高速度に制限をかける要因は、

①接地している間に十分な力を出せなくなる

②足が前方に運べなくなる

③手足が中心から離れコントロールできなくなる

あたりだろうと思う。皆さんよくお分かりのように、これらはどれが原因でどれが結果かわからないほど相互に影響しあっている。タイミングによってそれぞれに目的を変え改善しているのがスプリンターの世界だと認識している。