双子として生まれた、ブルースは不慮の事故により男性器に深刻なダメージを受けた。ブルースは性は後天的に、環境によって決定されるという主張をしていたマネー博士にとって格好の題材となった。遺伝子的にかなりの部分が同じである双子の弟と対比し、もしブレンダが女性として育てば博士の性は後天的に決定されるという主張が証明されることになる。ブルースはすぐ男性器を切除し、1歳10ヶ月からブレンダという名の女の子として育てられた。
しかしブレンダは女の子になれなかった。ずっと男の子だった。振る舞いも明らかに男の子だった。定期的にカウンセリングをしていたマネー博士も気づいていたのではないかと私は個人的には思うが、マネー博士は大丈夫と両親を説得し、ブレンダを女性として育てさせ続けた。そして学会誌にはブレンダは幸せに女の子として生きていると報告し続けた。他に関係したカウンセラーもおかしいという考えを抱いていたが、マネー博士の権威を恐れカウンセリングを続けた。ブレンダは深刻な鬱症状を示すようになっていた。
14歳でブレンダは自らが元男性であったという真実を知り、すぐ男性に戻ることを決断する。以後、ブレンダはディビットという名の男として生きていく。
フロイトの影響からか、不思議なほどに男性器の有無にこだわっている様子が見える。男性器がないならば男性として幸せになれない、または性的に自らを男性として認識できないという立場に立っている。それは見ていて滑稽なほどだけれども、当時はその考えがそれなりに主要であったようだ。また男性と女性という二つの性をクリアに分けて考えようとしているところも、同じような考えからくるのだろうか。
性は後天的に決まるというアイデアは教育と結びつきやすい。現に性的マイノリティを病気と捉え治療をするという人もいた。マネー博士自体は3歳以降には性は変更できないとしている。もう一歩進むと、幼少期の周辺環境により女性は女性らしく振舞うことを強制されているがそれらを除けば男性女性ともになんの違いもないという立場に立つ一部のフェミニズムと、生まれながらにインターナルな性は違っていたり生まれながらに同性に恋愛感情を持っていたとする性的マイノリティと微妙にコンフリクトする。環境に強いられこうならざるを得なかった人たちを解放しようという考えと、生まれながらの私たちを認めようと考えが、対立する。もし幼少期の環境で性が決まるなら、性的マイノリティとしての人生は幼少期の環境が影響していたと考えることも可能になる。
ブルースは1歳10ヶ月でブレンダとなり、14歳でディビットになり、37歳で自殺を選んだ。双子の弟もまた2年前に自殺している。かくしてマネー博士の壮大な実験は一つの家族の人生を壊し失敗に終わった。